定型漢詩 曄歌・瀛歌・偲歌・坤歌は日本詩歌と相互に詠み換え可能な中華詩詞学会で認められた漢詩の定型です
梅桜詩会
漢字文化圏共通漢詩 曄歌 誰にでも簡単に作れる漢詩を使って、中国の友人と詩歌の交流を
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ご挨拶
世界最短 漢字文化圏共通漢詩発明の経緯
それぞれの國の文化はその國だけで成り立つ物ではなく、例えば日本には漢字文化圏の文化が、古い時代から伝来し、精神文化に多大な影響を及ぼし、殊に中国の詩歌となると、此が外国の詩歌で有るにも関わらす、日本独特の文化と見違えるほど、色々な分野に流布し盛んに愉しまれている。
文化の交流には絵画や演劇、小説や詩歌など枚挙に暇がないが、然しどれを取ってみても、簡単に誰にでも安易に出来る事柄ではなく、お互いに一方通行の部分が多く、種々の要件もあるが、一番妨げになっているのは言葉の壁である。
対象を漢字文化圏の文学に限れば、詩歌は比較的易しい部類に入り、幸いにも日本人は、ごく簡単な古典漢字文ならば、勉強せずとも読み愉しむことが出来るが、現在の中国の詩歌では文字数が多くて、少しは勉強をしないと読めず、創ることは到底出来ない。
詩歌は簡単な言葉で人の心を映し出し、心と心を通わせるには最も適した文学様式で、もし此が日本人にも読み創ることが出来る程度の詩歌様式であれば、もともとの漢字文化圏の人々には、誰にでも容易に出来、今後の国際文化交流に一途を開くものと確信する。
私は、国際間に共通する文化の重要性に鑑み、浅学非才を省みず、茲に漢字文化圏に共通する新たな詩形を創設し、この新たな詩形によって、全世界に散在する漢字使用民族と、新たな交流の道が拓かれんこと切望して、この事業に着手した。
漢字文化圏共通漢詩発明者 後學 中山逍雀 頓首
私は漢詩詞壇を主催していたので、漢詩詞と日本詩歌との整合性を、中国漢詩詞壇諸賢を交えて考究し、漢字文化圏共通漢詩素案を作り上げた。
その素案を中国各地の詩詞壇に働きかけ、実作を促しその評価を求めた。夥しい評価を整理し、「漢字文化圏共通漢詩 曄歌 瀛歌 偲歌 坤歌」の四定型を確定した。
漢語版テキスト2000部を作成し、中国全省都詩詞壇に配布した。詩詞愛好者の数に比べて2000部は少ないが、個人の力では自ずと限度がある。概ね全省都の詩詞壇では「漢字文化圏共通漢詩 曄歌 瀛歌 偲歌 坤歌」は皆の知るところとなった。
私は「曄歌 瀛歌 偲歌 坤歌」の命名と基本構成しか定めていないが、「中山四短詩」或いは「新短詩」とも謂われ、アカデミズムにもこの文言が取りあげられる事もある。
私は、日中国交正常化25周年に当たり、詩歌による国際交流の意義を力説し、1997年 9月5日、国交正常化事業の一つとして、中国北京政治協商会議礼堂において、漢字文化圏共通漢詩の有用性を力説した。
茲に於いて「漢字文化圏共通漢詩 曄歌 瀛歌 偲歌 坤歌」は漢詩詞定型として市民権を得た。
10年に亘り、中国中央の詩詞壇に於いて、研究討論会を開催し、「漢字文化圏共通漢詩 曄歌 瀛歌 偲歌 坤歌の四定型」は中国大陸に定着したと言える。あとは歳月に任せよう。
あとは日本人の文化交流意識に委ねるだけである